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横須賀市浦賀~浦賀ドッグ(住友重機械工場株式会社追浜造船所浦賀工場)編~

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どうも、ダイスケです(^^♪

 

本日ご紹介するのは横須賀市浦賀にあります「浦賀ドッグ」です(^^♪

 

横須賀市浦賀と言えば、1853年にペリー率いるアメリカ海軍の艦隊である黒船が来航したことで知られる土地です!(^^)!

鎌倉時代から港町として栄え、江戸時代時は干鰯(イワシを干した肥料)問屋として賑わいました!!

また1720年には浦賀奉行が置かれ、明治時代に入ってからは造船業で栄えました!(^^)!

 

今回ご紹介する「浦賀ドッグ」は様々な有名艦船が建造された造船所ということであります(*ノωノ)

 

それでは早速「浦賀ドッグ」に迫っていきましょう~!(^^)!

 

浦賀ドッグ

浦賀湾を囲む造船所の愛称は浦賀ドッグですが正式には「住友重機械工場株式会社追浜造船所浦賀工場」と言います( ゚Д゚)

 

また、創業以来「浦賀船渠株式会社」や「浦賀重工業株式会社」、そして現在の社名へと変遷してるとのことですが、愛称は長く浦賀ドッグとのことです(*ノωノ)

 

現在の社名が立派すぎて書き手としても浦賀ドッグという愛称は便利でたまりません(笑)感謝です(笑)

 

こちらの造船所は明治29年に発足しました!

その頃は日清戦争の影響もあり、海外から艦船を買い入れ、日本は世界的な海軍国に発展しようとしていました(>_<)

 

しかし、日本の造船業界は技術面や設備面で世界から後れを取っており、その遅れを取り戻すために外国人技師を雇い入れ国内各地に造船所を増設していきました!!

 

浦賀ドッグもドイツ人技師ボーケルさんを約150円で雇っていたそうです!

当時のお金を現代で換算するのは難しいようなので、細かくは分かりませんがなかなかの高値だったのでしょうね、きっと(>_<)

 

明治35年にはフィリピンの沿岸警備用砲艦ロンブロン号が進水されたのですが、

創業以来造船してきた船は国内の企業から受注された工事用運搬船ばかりだったとのことで、14隻目にして初めて外国から受注した本格派の艦船を輩出したということになりました!(^^)!

 

それ以降は盛衰を繰り返しながら約1000隻の艦船を世に輩出してきたとのことです!!

 

まとめ

本日の浦賀ドッグの紹介はいかがだったでしょうか~!(^^)!

 

個人的に浦賀ドッグの名前は何となく聞いたことがあったのですが、私が聞き覚えがあるぐらいですから、やっぱり日本の造船業界発展にも大きく寄与した造船所だったのですね~(^^♪

 

浦賀ドッグで造船された有名な艦船は日本丸海王丸がありますが両方立派ですもんね(^^♪

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画像出典;http://www.geocities.jp/kamosuzu/nipponmaru.html

子供の名前が日本丸海王丸ならある意味キラキラネームですよね……むしろギラギラネームですかね( ゚Д゚)

きっとアグレッシブな子には育つでしょうけれども(笑)

 

本日は造船所浦賀ドッグをご紹介しましたが、興味を持たれた方がいらっしゃいましたら是非足を運んでみてくださいね!(^^)!

 

ではでは。

 

ダイスケ