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横浜市関内駅周辺~日本郵船歴史博物館・偉人への落書きは日本の文化編~

 

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どうも、ダイスケです(^^♪

 

本日ご紹介するのは「日本郵船歴史博物館」です!(^^)!

なんとも渋い外観ですよね~( *´艸`)

私も渋くなりたいです(笑)

それは置いといて、早速「日本郵船歴史博物館」について迫っていきましょう~!(^^)!

 

日本郵船歴史博物館

まーずは、常設展についていくつかご紹介しますね!(^^)!

 

・日本を開く!!

まずは、岩崎繭太郎の功績に関する展示ですね( *´艸`)

ちなみにこの方です⇓

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画像出典:岩崎弥太郎 - Wikipedia

 

教科書に載っていれば確実に落書きされるタイプの偉人ですねこの方は(笑)( ゚Д゚)

 

詳しく説明しますと、

明治維新のころ、日本は欧米に沿岸の貨物独占されつつありました!!

 

そのころ藩の、船を使った運送業である九十九商会を継承した土佐藩士の岩崎繭太郎さんは、政府の信用を得て日本の海運を一任されるようになりました!!

 

そうして岩崎繭太郎さん「郵便汽船三菱会社」を設立し、欧米の海運会社を日本沿岸より撤退させることに成功したのです( ゚Д゚)

 

そういった意味合いで岩崎繭太郎さんは日本をひらいた人とされてるのですね!(^^)!

凄いですね……、僕なら外国の方に勝てる気はしません(;O;)

ただ、教科書に岩崎繭太郎さんがいたら落書きはします(;O;)(笑)

 

・豪華客船時代

こちらのコーナーは昭和時代の客船の状況を展示しているようですね!(^^)!

 

昭和初期、日本は豪華客船と呼ばれるにふさわしい人員やサービスを客船にて展開していました!!

 

特に「浅間丸」は豪華絢爛な室内装飾、最高の料理と至れり尽くせりの客船だったとか!!

 

そんな豪華な船、親近感持ちづらいですよね(*_*)

なので私はあえて「浅間丸」をあっちゃんと呼びたいと思います!

思いやりを大切にしますbyダイスケ

 

・戦争と壊滅

次は戦時中のコーナーです!

 

やはり歴史上避けられないのは戦争ですよね。。

 

帝国主義の時代、戦争が激しくなるに伴って遠洋航路は休止に追いやられ、新たに建造された船も空母に改造されてしまいました。

 

そうして多くの人命と共に太平洋に沈んでしまったとのこと。

 

私自身平生を奪われるという恐怖が身近にない分、しっかりと理解したいコーナーですね。。

 

・復興への道

こちらは戦後の海運についてのコーナーですね!!

 

終戦後日本はGHQ統制下に入り、日本の海運は厳しい制限をもたらされてしまいました(;O;)

 

しかし、GHQの一部統制が解かれると日本船も徐々に航路を復活し、日本の戦後復興に貢献しました!!

 

・総合海運会社への変革

こちらはイケイケジャパンの時の日本郵船について展示するコーナーですね(^^♪

 

日本経済の高度経済成長に伴い日本郵船は日本の様々な物流を支えました!!

そうして日本のコンテナ輸送の先陣を切る大車輪の活躍を見せたとのことです( ゚Д゚)

 

 

まとめ

今回ご紹介した「日本郵船歴史博物館」はいかがだったでしょうか~!(^^)!

 

日本郵船歴史博物館」は正に日本の海運を知れる博物館なんですね!!

今回調査してみて、歴史から見ても日本の海運業の底力を感じることができたと思います!!

ただ、それでもやっぱり教科書に岩崎繭太郎さんが載ってた落書きします(;O;)(笑)

それだけは譲れないです……(笑)

 

そんなこんなで「日本郵船歴史博物館」に興味を抱かれた方は是非足を運んでみてくださいね~( *´艸`)

 

ではでは。

 

ダイスケ